読んでつくる知の体系

読んだ本、お勧めしたい本を紹介。ノンフィクションが多め。


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生まれか、育ちか、それとも『子育ての大誤解』ジュディス・リッチ・ハリス

親は子どもの性格の形成に、重要かつ長期的な影響を及ぼすと考えられている。親が愛情をかければ良い子が育ち、育て方を間違えば子どもは道を踏み外す、そんな「子育て神話」に重圧を感じながら、子育てをしている人が多いのではないだろうか。

 

そんな子育て神話に対して本書は、

 子どもの性格、以前はキャラクターと呼ばれていたものが、それは親が形づくるもの、もしくは矯正するものだという認識を戒めること」

「子どもの性格がどのように形づくられるか、その代りとなる見解を紹介すること」

の二つの軸で神話を壊していく。

 

生まれか、育ちか、それとも

 親が子どもに与える賞罰は子どもの成長に影響を及ぼすという行動主義の考え方、そして親は自分の子どもをひどくダメにしてしまうことがあり、実際そうなる場合も多いというフロイト派の考え方を基盤に、親が子どもの成長に影響を及ぼすことはもはや当然のこととなった。

しかし「親の教育の良し悪しで子どもの性格や将来が決まる」わけではないことを、一卵性双生児と二卵性双生児、または遺伝子作用による研究から明らかにしていく。

生まれもった素質がすべてを規定できるわけではない。行動遺伝学者によって性格特性のばらつきのうち半分のみが個々人の遺伝子構造の違いに起因することがわかった。それゆえに、残り半分は環境によって規定されているはずだ。行動遺伝学者だけでなく、皆がそれを「育ち」であると思いこんでいた。(中略)子どもの人生にとって最も大切なものは親ではない。子どもは家庭環境以外の環境ももっており、その環境がより重大な影響を及ぼしているのかもしれない

 生まれとは親から譲りうけるDNAであり、それが影響を及ぼすことは実証されているが、それがすべてではない。育ちとはそれ以外に親が子どもに為すことすべてであるが、実際にその影響は確認されていないことが多い。そこで引用したところによる、「家庭環境以外の環境」という選択肢を見ていこう。

 

場によって変わる顔

こんな経験はないだろうか。友達と遊んでいる間は大声を出し、無邪気に遊んでいる生徒が、教師の前だと端然とした態度を示す。「あれ、先生の前だとあいつ性格変わるな 」

心理学者ウィリアム・ジェームズは「正確に言えば、一人の人は、彼を認識してその印象をいだく個人の数だけ社会的自我を持っている」という。ジェイムズの考えを現代的に言うと、人は社会的状況に応じて行動を変えるということだ。つまりこれらの仮面の下に本当の「性格」が隠されているのか。ある人がある状況では思いやり溢れる人になり、別の状況では厳格になるのであれば、どちらがその人の真の姿なのだろう。人の性格を決定づけるのはその人自身ではなく、状況ということになる。

そして子どもとは社会的状況ごとにその中でどう行動すべきかを学習していく。

その裏付けとして「コード・スイッチング」という面白い話が紹介されている。

移民の親を持つ子どもたちは、家の中では親の話す母国語を話し、家の外(学校)では第二言語を話す。それは珍しいことではないらしい。新しい国でも一年も過ごせば、彼らはその二言語をコンピュータのプログラムのように切り換える。家から出れば英語をクリック、家に戻ればポーランド語をクリックといった感じにだ。

僕も実際に感じたことがある。仲良くなったブラジル人の奥様がいるのだが、まだ中学生くらいの娘とその弟がふざけあって話しているときに、二人はポルトガル語を使って話していたのが、僕が喋りかけると日本語で応対する。まさにスイッチを押したように。流暢に日本語を話すので、とても印象深かった。

 言語という分野で話を進めたが、性格に関しても同じことが言える。家の中では内向的な子が、玄関から外へ一歩踏み出せば、その仮面を取っ払い、別の性格になる。その中でも特に子どもは無意識のうちに、子ども集団の中で状況に応じて’’ちがう自分’’を演じていくのだ。

 

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親の役割

いつくかの仮面(性格)は親がつくりだしたのではない。子どもが家庭環境外で身につけた代物だ。

親は子どもたちの家庭内での行動に影響を及ぼす。親はまた、子どもたちが門外にまでもち出すような、そしてそこでも役出すような、知識と鍛錬を提供する。英語で話すことを家庭で学んだ子どもは、仲間たちと会話するために一から覚えなくて済む。もちろん子どもの仲間も皆英語を話す場合のことだが。

それ以外の行動、技術、知識も然りだ。子どもたちは家庭で学んだ多くを仲間集団に持ち込み、それがもし他の子が学んだことと一致すれば、それを持ち続けることになる。

 今まで子育てにたくさんの時間を費やして、子どもの可能性を伸ばしてあげられる、子どもの好きではない部分も変えてあげられる、それらの方法があると思い込んできた。努力すれば親も役に立てると。しかし、親が子どもに影響できる部分はそこまで多くないことを本書では見てきた。重要なのは、親じゃないと。それなら親は、子どもを育てることを楽しむべきだ。もし楽しくないとすれば、それは努力のしすぎかもしれない。

 

この本が他の子育て本と違うのは、読んだ後に親の肩の荷が落ちること。親の子育て次第で子どもの性格、将来が決まる、そんな重圧を抱えたまま子育てを続けるのは、親にも子どもにも良くない。私たちの思いどおりに子どもを育てることができるという考えは、あきらめてもいいのだ。

 

 


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