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読んでつくる知の体系

読んだ本、お勧めしたい本を紹介。ノンフィクションが多め。

『本を読む本』


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本書『本を読む本』は1940年米国にて発行された。以来年ごとに、広く米国に愛され、スペイン語、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ポルトガル語に翻訳される。本書が日本に届いたのは1997年のことだ。

 

タイトルにもあるように、本を読む人のための本、’元祖読書本’っといったところだ。内容も「初級読書」「点検読書」「分析読書」「シントピカル読書」と章がいくつもに分かれていて、読み手の年齢や読む本の難解度によって読み方を変えていく。最後の「シントピカル読書」の章では、初めて聞くような内容が多く、学ぶとこも多い。

 

いつくかの読書法を見ていく前に、本を読むときの基本として「積極的読書」を本書は勧める。

”「読む」という行為は、いついかなる場合でも、ある程度積極性が必要である。完全に受け身の読書などありえない。読むということは、程度の差こそあれ、ともかく積極的な行為だが、積極性の高い読書ほど、いい読書だということをとくに指摘したい。”

 

積極的読書に必要なことはひとつだけ、「読んでいるあいだに質問すること。その質問には、さらに読書を続けているあいだに、自分自身で回答するよう努力すること」のルールを守ることだ。

そしてそれはどんな質問でもいいというわけではない。

1.全体として何に関する本か。

2.何がどのように詳しく述べられているか。

3.その本は全体として真実か、あるいはどの部分が真実か。

4.それにはどんな意義があるのか。

これら4つの質問を心得ているだけではなく、読みながら問いかけをすることを忘れてはいけない。読みながら質問をする習慣は、意欲的な読者の「しるし」なのだから。

読み手の側から問いかけをし、これに自分で答えようとする努力がなくてはいけない。このことを忘れないようにしたい。意欲的な読者と、そうでない読者の相違が生まれるのもおそらくここなのだろう。

意欲的な読み手は問いかけをする。

意欲的ではない読み手は問いかけをしない。だから得られない、ということだ。

 

また、読む時期が早かったり、自分が未熟なため読んでも理解が進まない本と出くわすこともあるだろう。本書では、

”自分の理解を超えた本を読むときこそ、読み手はいっさい外からの助けに頼らず、書かれた文字だけを手がかりに、その本に取り組まねばならない。読み手が積極的に本に働きかけて、「浅い理解からより深い理解へ」と、読み手の理解が試されるようなふさわしい読み方をすべきだ。高度の読者を相手に書かれた難解な本こそ、このような積極的な読み方が必要であり、またそのような読み方に値する。”と、ドぎつく書かれているが、挑戦する姿勢が大切なのだと読み取れる。

 

本を自分のものにするには、その本に書かれていることを問いかけし、それについて自分で考え答えを出すことが重要。本が本当に読者のものになるには、読者がその本の内容を消化して自分の血肉としたときだ。この本を読んだ後、本を読むことにこんなにも情熱をかけ、分析する人がいたことに驚きであったし、根本的なことをおっしゃっているから、本書が長年読み継がれてきたことに納得した。

巷では、たくさんの読書論や読書本が横行している。本当にためになる本も時としてあるが、本書「本を読む本」を一度クッションにしても悪くない。いやはや、本書を基に独自の「読み方」を作り上げても面白いのではないか。