読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

読んでつくる知の体系

読んだ本、お勧めしたい本を紹介。ノンフィクションが多め。

『観察力を磨く 名画読解』


スポンサードリンク

ワイヤレス技術が発達して以来、いつでもどこでも情報を受け取ることが可能になり、私たちはかつてないほど注意散漫になった。携帯電話を持つ人の方がおおくなり、目に映る映像がスマートフォンの画面ばかりになりがちだ。統計によると、1日あたりメールチェック回数は平均110回にのぼるという。携帯が気になって仕事、勉強ができない、なんて人も多いのではないだろうか。

さらにスピードを重視する風潮が集中力を奪い、同時に効率を求められるようになった。スピードをおもんじるがゆえに犠牲になることもある。

そんな時代に本書はたーっぷりと時間を使って、アートを観察、分析、伝達する術を段階に応じて学び、それをどうやって現実世界に応用するかを身につけていく。

 

この本の中に出てくるアートのひとつに『ミセス・ジョン・ウィンスローブ』という絵がある。この絵画は彼女が2番目の夫であるハーバード大学の教授と結婚していた時に描いてもらった絵だ。描かれている描写を本書から引用しよう。

 

”ウィンスローブ夫人は、あざやかな青いドレスを着ている。袖口は白いレースが二重になっており、青と黒と白のストライブのリボンが胸元を飾っている。帽子のリボンは、赤、黒、白のストライプだ。髪は茶色で、額がかすかに富士額になっている。首に6連の真のネックレスをつけ、二重顎で、えくぼがある。椅子は赤い布張りだ。爪は短くて清潔感があり、左手の薬指にはガーネットとダイヤモンドの指輪がはまっている。両手にネクタリンを持っていて、左手のネクタリンは枝つきだ。”

 

絵画をたーっぷりと時間を使って、このように細かいところまで何が描かれているのか観察して、言葉にしていく。ところでアートを観察する際、その作品の一番の魅力を見落としてしまう人もめずらしくない。この絵には、ウィンスローブが座っている椅子の前に大きなテーブルがあり、テーブルは絵の下側3分の1をしめている。この絵の要はテーブルで、画家の高度な技術が使われている。その”マホガニーのテーブル’’に、夫人の指や腕、袖のレースや首元のネクタリアンまで、完璧に反射している。

 

それほど大きなテーブルを見過ごすなんで信じられないが、多くの人は目を留めない。日常生活でも、大きい小さいにかかわらず、この”マホガニーのテーブル”を見落とし、なんてことのない場面に隠れた重要な情報を逃してしまう。このテーブルが反射して映っている絵の中に、ウィンスローブ夫人は指輪をしていない。それは描いた本人が、ウィンスローブと夫の結婚に何かしらの感情を持ち合わせていたのか、それとも(無いとは限らないが)ただただ書き忘れていたのか、客観的な事実として、指輪が映っていない。おそらく筆者が伝えたがっているのはこのテーブルにうつっていることであろう。

   

そうした’’見えている’’のに、’’見えていない’’ものが往々にして成功の鍵につながる。

答えそのものを探すことに夢中になり、細部が見えず’’マホガニーテーブル’’を見逃してしまう人は大勢いる。

 

この本を読んで、目に見えているものを’’観察’’する癖がついたし、全体を捉えつつも、細部をおろそかにしてはいけない教訓を学んだ。まったくアートを知らない人でも(自分がそうであったように)ページをめくる手が止まらなくなるだろう。それだけ引き込まれる要素をたくさん持った本だ。